『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ 新潮文庫 2

教師の義務と、国家から教師にゆだねられた職務は、若い少年の中の粗野な力と自然の欲望とを制御し除去し、その代りに、国家によって認められた静かな中庸を得た理想を植え付けてやることである。いまは幸福な市民や熱心な役人になっている人たちの中にも、…

『車輪の下』 ヘルマン・ヘッセ 新潮文庫

そして、科学的な人は、新しい皮袋のために古い酒を忘れ、芸術的な人は、数々の皮相な誤りを平気で固守しながら、多くの人に慰めと喜びを与えてきた。それは批判と創造、科学と芸術、この両者間の昔からの、勝負にならぬ戦いだった。その戦いにおいては、常…

『悼む人』 天童荒太 文芸春秋 2

お前をにしたものは、この世界にあふれる、死者を忘れ去っていくことへの罪悪感だ。愛する者の死が、差別されたり、忘れられたりすることへの怒りだ。そして、いつかは自分もどうでもいい死者として扱われてしまうのかという恐れだ。(P296) 生死について取り…

『悼む人』 天童荒太 文芸春秋

彼女は、人物の分析よりも、その人と会って自分が何を得たかが大切ではないか、と問いかけてきた。「静人は、あなたにはどううつったんです。あなたには、何を残しましたか。」(P253) 以前、梅田さんの本の引用から、「日本では、対象の悪いところを探す能力…

『カラマーゾフの兄弟(上)』 ドストエフスキー 新潮文庫 3

仮に俺が人生を信じないで、愛する女性にも幻滅し、世の中の秩序に幻滅し、それどころか、すべては無秩序な呪わしい、おそらくは悪魔的なカオスなのだと確信して、たとえ人間的な幻滅のあらゆる恐ろしさに打ちのめされたとしても、それでもやはり生きていき…

『カラマーゾフの兄弟(上)』 ドストエフスキー 新潮文庫 2

懲罰と言っても、今この方が言われたとおり、たいていの場合ただ心をいらだたせるにすぎぬ、機会的な懲罰ではなしに、唯一の効果的な、ただ一つ、威嚇と鎮静の働きを持つ、己の良心の自覚に存する本当の懲罰のことですぞ。(P153) 職業柄の引用です。現在、学…

『カラマーゾフの兄弟(上)』 ドストエフスキー 新潮文庫

不幸なことに、これらの青年たちは、生命を犠牲にすることが、おそらく、数限りないこうした場合におけるあらゆる犠牲のうちで最も安易なものであることを理解していないし、また、たとえば、青春に沸き立つ人生の五年なり六年なりを、辛い困難な勉学や研究…

『悪女について』 有吉佐和子 新潮文庫 2

兄ちゃんだって一流の家庭教師いっぱいつけたんだよ。そりゃ兄ちゃんは僕と違って素質があったからさァ、家庭教師をつけたことが十分意味があったよね。だけど、ママが一生懸命じゃなきゃ、中野の公立にいただけじゃ、あんな最高の大学に入れたかどうか分か…

『悪女について』 有吉佐和子 新潮文庫

男社会を逆手にとり、しかも女の魅力を完璧に発揮して男たちを翻弄しながら、豪奢に悪を楽しんだ女の一生をつづる長編小説。(帯書評) 本文の引用ではないです。面白い小説だったので、読書記録として。 女の悪の部分がテーマの小説家と思ったんですが、読…

『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫

「おれたちはそれだけ長い間かかってやっと気づいたんだよ。人生の目的は、どこのだれがそれを操っているにしろ、手近にいて愛されるのを待っている誰かを愛することだ、と」(P333) もし、人生の目的があるのなら、それはすごく単純なものでなくちゃいけない…

『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫

むかしむかし、トラルファマドール星には、機械とは全く違った生物がすんでいた。彼らは信頼性がなかった。能率的でもなかった。予測がつかなかった。耐久力もなかった。おまけにこの哀れな生物たちは、存在するものすべて何らかの目的を持たねばならず、ま…

『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫

「それからおれは、自由になるんだぞと自分に言い聞かした。そして、それがどんなことなのか考えてみた。おれの見えるのは人間どもだけだった。やつらは俺をこっちへ押し込んだり、あっちへ押しのけたりする。そして、何をやっても気に食わず、何をやっても…

『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫

もし、きみのパパが、地球の今までの誰よりも利口で、どんなことでも知っていて、なんにでも正しいことが言えて、その上自分が正しいことをちゃんと証明できる人だったとしよう。つぎに、ここから百万光年向こうの、ある素敵な世界にも一人の子供がいて、そ…

『人生は生きるに値するか』 ウィリアム・ジェームス

生徒『人生は生きるに値するか?』 ウィリアム・ジェームス『まず、その問いは証明不可能だから、わからない。でも、わからないからこそ、「人生は生きるに値することにしよう」「そういう信念を持つから歩み出せるんだ」、つまり、歩んでいるからこそ、なに…

『村上春樹、河合速雄隼雄に会いに行く』 新潮社版 2

河合:現代の一般的風潮は、「できるだけ、早い対応、多い情報の獲得、大量生産」をめざして動いています。そして、この傾向が人間のたましいに傷をつけ、その癒しを求めている人たちに対して、われわれは一般的風潮の全く逆のことをするのに意義を見出すこ…

『村上春樹、河合速雄隼雄に会いに行く』 新潮社版

河合:日本では、自と他の区別は西洋のように明確でなく、「私」と言っても、それは「世界」と同一とさえいえる。このようなあいまいさを巧妙に用いた私小説は、欧米人が「自分自身」のことを語っているのとは全く異なる。それが成功した際は身辺の雑事が「…

『彼女について』 よしもとばなな 文芸春秋 3

この世は生きるに値すると思う力よ。抱きしめられたこと、かわいがられたこと。それからいろいろな天気の日のいろいろな良い思い出を持っていること。おいしいものを食べさせてもらったこと、思いついたことを話して喜ばれたこと、疑うことなく誰かの子供で…

『彼女について』 よしもとばなな 文芸春秋 2

そうか、ピクニックそのものよりも、そのイメージで人は活気づくんですね。イメージがすべてなんだ。でもイメージ以上のものを知るには、今の瞬間にぐっと参加することしかないんだ。(P213) 参加すること、つまり、コミットすることだと思うんですが、コミ…

『彼女について』 よしもとばなな 文芸春秋

かごの中にはお菓子がいくつかとオリーブとワイン。まるで普通のカップルの買い出しみたいだった。この時間こそが積み重なって人生を作る血や肉となり、抽象的にも一番大事なものなのだと、私にはわかってきていた。(P180) 恋人との買い物だけでなく、家族と…

『はたらきたい。』 ほぼ日就職論 東京糸井重里事務所 3

糸井「きっと、今の時代の人たちって、自分のルールや法律がひとつで済んでる人っていないと思うんですよね。自分の中に二つのルールを抱えていて、何とかバランスをとっていかなくちゃならない。」(中略)しりあがり寿「うん。大事なことが二つあるんでし…

『はたらきたい。』 ほぼ日就職論 東京糸井重里事務所 2

いろんな生き方があっていいよ。自分の時間を大事にするのもわかるよ。わかるけど、将来結婚するかもしれないでしょ。子供ができるかもしれないでしょ。子供ができたら、金かかるよ。それでも、そのスタンスを変えないんだったら、それも立派なひとつの生き…

『はたらきたい。』 ほぼ日就職論 東京糸井重里事務所 1

自分にとって、本当に大事なことって何だろう。自分にとって、本当に大切な人って誰だろう。このふたつを、本気で思っているだけで、いい人生が送れるような気がする。糸井重里 P263 「何が君の幸せ、何をして喜ぶ。わからないまま終わる。そんなのはいやだ。…

『のび太の結婚前夜』 藤子・F・不二雄

「のび太君を選んだ君の判断は正しかったと思うよ。あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」 のび太との結婚式の前夜、残していく父と母を心配したしずかちゃんに向け、しずかち…

『窓ぎわのトットちゃん』 黒柳徹子 講談社出版 1

先生はトットちゃんに言った。「トットちゃん、そのリボン、ミヨがうるさいから、学校に来るとき、つけないで来てくれると、ありがたいんだけどな。悪いかい、こんなことたのんじゃ」トットちゃんは、腕を組んで、立ったまま、考えた。そして、わりと、すぐ…

『フラニーとゾーイー』 J.D.サリンジャー 新潮文庫 5

シーモアは、とにかく(靴を)磨いて行けって言うんだな。『太っちょのオバサマ』のために磨いて行けって言うんだよ。(中略)それから、よく聴いてくれよ、この『太っちょのオバサマ』というのは本当は誰なのか、そいつが君にわからんだろうか?…ああ、きみ…

『フラニーとゾーイー』 J.D.サリンジャー 新潮文庫 4

信仰生活でたった一つ大事なのは『離れていること』だということが飲み込めなくては、一インチたりとも動くことができないんじゃないか。『離れていること』だよ、きみ、『離れていること』だけなんだ。欲望を断つこと。『一切の渇望からの離脱』だよ。本当…

『フラニーとゾーイー』 J.D.サリンジャー 新潮文庫 3

神にささげられた一杯のチキン・スープが鼻先におかれてもそれと気づかないというのに、本物の信心家を一体どうやって識別するつもりなんだ?(P224) 母の味とその想い。見た目と味はともあれ、一番安心します。フラニーとゾーイー (新潮文庫)作者: サリン…

『フラニーとゾーイー』 J.D.サリンジャー 新潮文庫 2

きみは事実にまっこうから立ち向かうということをしない。最初に君を心の混乱に陥れたのもやはり、事実にまっこうから立ち向かわないという、この態度だったんだ。そんな態度では、そこから抜け出すこともおそらくできない相談だぜ。(P194) 『イエスの祈り…

『考えるヒント』 小林秀雄 文春文庫8

歌人達は、歌の独立的価値を知らぬどころではない、むしろ知り過ぎて孤立している。技芸の一流と化して社会から孤立し、仲間同士の遊びを楽しみ、社会の常識も歌の事は知らぬすましている、悲しい哉と考えるのである。彼(本居宣長)の歌の道とは、歌をこの…

『考えるヒント』 小林秀雄 文春文庫7

個人主義の時代は去ったという。そうかも知れない。個人主義の思想の欠陥をつく考え方は、いくらでもできよう。だが誰も実際の生活の上で、個人という或る統一体の形でしか生きようがないという基本の事実には歯が立つわけがない。個人主義の問題と個人の問…